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働くお母さんが走るブログ

運動経験ゼロの経産婦が静岡マラソン2015で悲願のサブ4を達成(3時間46分1秒)。柴又100を完走してウルトラの母になりました(12時間1分35秒)。走っても痩せないのは仕様です(15年3月10日「働くお母さんがサブ4を目指して走るブログ」を改題)

【その8】100kmマラソン、フィニッシュ~柴又100K完走記

 
90kmの計測マットをまたぐと、また歩き出してしまいました。
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あと10km。普段だったら、60分かからない道のりです。
でもこの弱り切った体で、80分で走りきれるのか。
一度浮かんだ「染み」のような不安は、弱った心にどんどん大きくなっていきます。
 
その時、18時を告げるメロディが流れ出しました。防災無線のチャイム。
 「遠き山に日は落ちて」。
 
三郷市は、18時に鳴るんだ。
 
勤務先の千代田区では、17時にチャイムが鳴ります。メロディは「夕焼け小焼け」。
私は普段16時半までの時短勤務なのですが、バタバタしてると退勤が17時を超えることもあって、デスクで「夕焼け小焼け」を聞くと、慌ててデータを保存して荷物をまとめて駅まで走って保育園のお迎えに行くんです。
お迎えに行ったら18時過ぎてて、娘から「遅すぎ!」って怒られる日もあれば「絵本読み終わってからでいい?」と待たされる時もあります。
家に帰って座る間も無く夕飯を作って、食べさせて、夫が食器を洗っている間に娘とお風呂に入って、歯磨きをして、ちょっと遊んでから絵本を読んで寝かしつけて洗濯物を干して…。
 
チャイムが引き金になって、そういう日々の暮らしーー圧倒的な「日常」が一気に脳内にあふれ出してきて、気づけば涙があふれてきました。
 
私、なんでこんな辛いことやってるんだろう…。
 
(注:自分でエントリーしたからです)
 
フルマラソンの時は家族のことを思い出したりしないので、ウルトラマラソンは、やはり特殊な精神状況にあるんだと思います。
 
とぼとぼ歩きながら、泣いていても仕方ないので、走れるだけは走ろう、と気持ちを切り替えました。
 
良いところに気分転換のエイドが。
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 90.6kmのエイドはスイカ。
 
立ち止まって食べていると、膝がガクガク笑っているのが分かりました。
(これ大丈夫なの…)と不安になっていると、
 
「速いね!」
 
と、声をかけられました。
顔を上げると、見覚えのある青いシャツ。
「あ! 五霞の!」
五霞町レストステーションでお話した石川弘樹風のお兄さん!
90km過ぎてるのに笑顔だ! なんかすげえ!
 
「あのっ、サングラス、持ってきてよかったです、ありがとうございました!」
「そう!」
頼りがいがありそうな石川弘樹風のお兄さんに、思わず弱音が出てきます。
「もう、脚が動かなくて…」
全身でぐったりする私に、石川弘樹風のお兄さんは苦笑いを返してきました。
エイドの出発は私が先。
ゆっくり走っていたら、石川弘樹風のお兄さんが追いついてきます。
 
「脚が動かないって言ったって、それだけ動いてりゃ十分!」
 
石川弘樹風のお兄さん…!!!(感激)
 
石川弘樹風のお兄さんは、私をさっと追い抜いて、あっという間に見えなくなってしまいました。かっこいい…!!
優しくて強い(そして石川弘樹風)。私もあんなランナーになりたい…!(石川弘樹風は無理だけど…)。

 

でも石川弘樹風のお兄さん、私、足よりも深刻な問題を抱えているんです。
 
肺です。
 
前回の日記で書いたあの現象。

キロ6分台後半で走ると息が上がって、「はぁ、はぁ」と声に出るくらい、呼吸が荒くなっていました

 落ち着くどころか、距離を増すごとにどんどん悪化していました。

 

92kmのラップはスイカパワーと石川弘樹風お兄さんの影響で何とか6分台を保っていますが、持ちこたえたのはそこまで。

 

12時間切りをしたくて、90km以降は、手元のGPSウォッチの時計を1kmごとのラップが見られるように設定していました。

息が苦しくなってもなんとか7分台をキープしようともがきましたが、まるで肺が半分まで縮んだような感覚で、精一杯吐いても吸っても、酸素が体の中に入っていきません。体の力もどんどん抜けて行きます。

 

走ろうと思って足を動かしても、息が詰まって呼吸ができませんでした。

喘ぐように息をしながら精一杯前に進んでも、時計が刻むラップタイムは8分台になり、9分に近づいて行きます。

手ですくった水が指の隙間からこぼれるように、タイムの貯金がどんどん減っていることが分かります。でも自分の力ではどうすることもできない。一度は手に入れたと思ったものが、自分の不甲斐なさで目の前で失われていく無力感は忘れることができません。

 

 
 
95km通過は18時39分。

キロ8分で走れば12時間にぎりぎり間に合う。

あと5kmなら頑張れるんじゃないか、と、計測マットをスタートラインに見立てて走り出してみました。

30歩も走ると肺が悲鳴を上げます。それでも息を思いっきり吐きました。

ふーーーーーっと全力で息を吐いたのに、入ってくる酸素はほんのちょっと。ダメだやっぱり死ぬ。

またとぼとぼ歩きだします。

 

完走は確実にできるけど、12時間切るのは無理…。
肉体的な痛みに耐える覚悟はしていたけれど、まさか肺がやられて走れないなんて想像もしていませんでした。
12時間切りを諦めた時から、何をモチベーションにゴールへ向かえばいいのか分からず、途方に暮れていました。
 
その時ふと心に浮かんだのは、柴又のゴールではなく、11月に走るフルマラソン「さいたま国際マラソン」のことでした。
 
90km走ったって、壊れない強い脚が私にはある。静岡マラソンのラストスパートでも泣かされたこの心肺の弱さ。これをどうにかすれば、私はもっと強いランナーになれる。
この弱っちくて不甲斐ない肺を秋までに鍛えて、さいたま国際でPBを更新してみせる。3時間45分カットなんてケチくさいこと言わない。40分切りだ。
 
体はボロボロなのに、どうして「40分切り」なんて強気な目標が浮かんだのか今でも分からないのですが、とにかくその瞬間は、さいたま国際マラソンのことで頭がいっぱいでした。

 

 ずっと歩くのは嫌だったので「20歩進んだら30歩以上走る」とルールを決めて、少しずつゴールへ近づいて行きました。

 
残り、あと500m。
年配の男性が、私を追い抜きながら、声をかけてくれました。
 
「あの明かりが、柴又のゴールだよ!」
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顔を上げると、道の先の左手、ちょうちんの光が浮かんでいました。
その瞬間から、涙が止まりませんでした。
帰ってきた。ようやく帰ってきた。
もう、とにかく、疲れた。
疲れた。
 
ゴールまでは、ゆっくりでいいから走ろう。
 
歩くようなスピードで、それでも荒い呼吸で、ゴールへ続く真っ暗な坂を下ると、「お疲れ様!」「おかえりなさい!」と口々に声をかけてもらえました。
答える余裕もなく、とにかくこのレースを終わりたくて、ゴールゲートの青い計測マットだけを見ていました。
 
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フィニッシュ。
 
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疲れた。もうくたくた。
とにかく、精も根も尽き果てた。
 
つづきます。
 
 

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